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【自己紹介】鼻ツマルってだれだよ。

 

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どうも、「伝説のツマリ人」こと鼻ツマルです。

 

 

ぼくのこと知りたいですか?興味持っちゃいました?このページ来たってことは多少興味ありますよね?うざいですか??

って、冗談です冗談。

見ていただいてありがとうございます。

最後まで見ていただけたら、僕の口角が1mm上がります。

 

 

 現在の僕

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(2018年4月1日現在)

 

年齢:25歳(1992年生まれ)

出身地:静岡県

身長・体重:163cm・56kg

血液型:B型

趣味:古着屋巡り・銭湯巡り・リトルカブ・読書

 

 

家族構成:祖母・母・弟・自分の4人実家暮らし

職業:フリーター(漫画喫茶店員)

髪型:ボサボサ

鼻:左側がよく詰まる

 

 

ブログ:「鼻ツマルドットコム」2017年5月24日開始

 

 

 

 

誕生〜学生時代

 

誕生

 

静岡県中部にて鼻水を詰まらせつつ、ドラクエのような勇者の使命も無く、多分「オギャー」と言いながら誕生。 

 

 喘息もちであったため、夜中発作が急に出てしまったりでかなり親に迷惑をかけていた。

 

 

 

 小学生 

 

性格は内気で、入っていた委員会は図書委員、ちなみに憧れていたのは放送委員。

 

かめはめ波や瞬間移動に憧れ、常に気を溜めていた。

 

3年生に野球クラブに入り少し性格は明るくなったものの、5年生の冬に、親の離婚、家が火事になったりで、また内気な性格カムバック。

 

当時考えていたことは、「平凡な将来を送りたいけどサラリーマンは嫌だな。」

 

 

 中学生

 

地域の小学校が合併したような中学校で人数も増えたせいか、友達もたくさんできた。

 

入っていた部活は野球。厳しい先生の下、「勝つ野球」をモットーに3年間僕の青い春をそこに捧げる。

 

公立の中学校ではあったけど、朝練、昼練、放課後と一日中野球に時間をさいたこともあって、一個上の歳は全国大会出場、僕の歳も東海大会出場を果たすくらい、結果はそこそこ残した。

 

 

当時考えていたことは、「厳しい先生は後から思うと良い先生と感じてしまうんだなあ。」

 

 

高校生

 

中学3年生の進路決定の際、野球を続けたいと思っていたが坊主頭になるのが嫌だった。先輩情報で坊主にならなくて済むと聞いていた、公立進学校に入学。

 

野球部に入り即坊主に。しかも五厘狩り。

 

うわ、辞めてえ。真剣に悩んでいたが、

 

幸いなことにここの監督は量より質を重視し、知識も豊富な人で、中学のようにやらされる練習ではなく自主性を重んじていた。

 

厳しくないなら坊主でもいっか、あっさり心を入れ替え、結局3年間続けた。

 

そしてなぜか野球好きが集まったような公立野球部が夏シード校へ。進学校の割に本当に良くやったなあと今思う。

 

 

当時考えてたことは、「エッチってどういう順番ですればいいのかな?(童貞)」

 

 

大学生

 

実家から通えるということで、静岡にある大学に入学。華やかなキャンパスライフを描いていたが、校舎を見た瞬間ずっこける。

 

野球部に入るものの、関西勢のノリについていけず仲間外れ状態、3年生のときに、12年続けた学生野球とのお別れ。

 

単位もだんだん取れなくなり、家でニコニコ動画を見たり、ネットゲームにハマる闇の時期に突入。

 

 それから、必要単位数ギリギリ、教授にお願いする形でなんとか卒業。

 

 

当時考えていたことは、「なんでみんな同じ時期に就職しなきゃなんねーんだ。」

 

 

数少ない、大学生でやったこと

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  • ヒッチハイク 

そんな闇の時期を抱えた僕も3年の夏に、数少ない友達のKくんに誘われヒッチハイクで西日本一周することに。

 

静岡から鹿児島へ、ターンして大阪まできたところで、ここからは1人で帰ろうと決意。

 

無事、飛田新地で童貞を卒業した僕は、大人の階段を登った優越感と、急に一人になった寂しさを交えながらヒッチハイクを続け帰宅。

 

「さすが自分が生まれるまで人類が絶滅しなかっただけある!ふむふむ!」と、性の力に対して、謎の納得感をヒッチハイクから得ていた。

 

 

  •  ゲストハウスでボランティアバイト

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 翌年の大学4年の夏には、これまた同じくKくんに誘われ、沖縄のゲストハウスにボランティアバイトを1ヶ月しようと予定を立てた。

 

現地の人と連絡をとり、上の画像のような楽しい沖縄生活を想像していたけど、現実は違った。

 

沖縄に到着するも、なぜか煙立ち込める焼き鳥屋の手伝い、そして夏祭りの出店の手伝いへ。

 

訳も分からず、クソ暑い中、フライドポテトを夢中に揚げ続けていた。

 

「おっちゃん!素人の俺にはまだ焼き鳥焼かせてくれねえってか!?」なんて思うはずもなく、ゲストハウスって嘘かよ?という不信感だけが積もっていった。

 

いいように使われ1週間ほど経つと、ようやく、365日バーベキューを謳うゲストハウスへ。

 

 初めはウキウキしながらお手伝い。

 

しかし、移動手段が無く外にも出れない!

 

毎日バーベキューしてるから肉ばっかり食べなきゃならない!

 

ゲストハウスに来て2週間ほどで家畜のようになった僕たちは、お客さんの車に乗せてもらい脱出した。

 

今となってはいい思い出ではあるけど、悪い大人もいるんだな、そして沖縄にはゴキブリが多いな…と学んだ旅だった。

 

 

 

 そして伝説(フリーター)へ……

 

 大学の時に感じていた、なぜみんな一斉に就職することに違和感があった僕は、ギリギリまで就職活動をせず、結局薬品工場の契約社員として一応働くことにした。

 

 

毎日怒られ怒られ、嫌になってしまった僕は3ヶ月で退職へ。

「あと1ヶ月いればボーナス出るよ?」と課長に言われるものの

「金の問題じゃねえっす」と一丁前捨て台詞を吐いた。

 

 

 

その後、お金が多くもらえる正社員に魅力をどうしても感じることができなかった僕は、責任もなくて楽であろうアルバイトの道へ。

 

 

しかしフリーターも楽じゃなく「フリーターって全然フリーじゃねえじゃんか!」名付け親誰だ!

と思いながら今に至る。。。。

 

 

ここまでのまとめ

 

 

「野球だけしてきた大卒フリーター」  

 

 

 

 これからのこと

 

どうでもいい僕の過去を読んでいただいてありがとうございます。 

 

ここからは今現在、僕が考えていることを書いて行きます。

 

今、インターネットやSNSによって世界がすごい勢いで変わっていることを実感しています。

 

未来が明るくなることを願う毎日ではあるけれど、願っているだけじゃ自分自身はやっぱり変わらないな、と

 

そこで、情報発信・共有の手段としてこのブログを始めました。

みんなに、小学生の夏休みのようなワクワクできる毎日を過ごせるような情報を発信できればいいかなと、そう思います。

ただ真面目すぎてお堅いのはあまり好きではないので「ゆるく」いい距離感でやっていきますのでお願いしまうす。

 

 

 詰(ツマル)より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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